アンデルセンの「白鳥の王子(The wild swans)」という物語を知っていますか?
主人公はエリーゼという名の幼い王女です。彼女には11人の兄がおり、幸せに暮らしていましたが、父である王様が迎えた、悪い継母に疎まれ、兄たちは魔法で白鳥に姿を変えられてしまいます。エリーゼは田舎の百姓の家に追いやられてしまい、何年もの月日を悲しみの中で過ごします。彼女が15歳になるとその美しさに嫉妬した継母の策略によって森に捨てられてしまいますが、そこに精霊が現れ、こう言います。
「お兄さまたちをもとの姿に戻したければ、棘のあるイラクサを素手で摘み、足で踏んで糸にし、長い袖のついたクサリカタビラを編みなさい。その間、ひとことも誰とも口をきいてはいけません。ひとことでも発してしまえば、その言葉が兄たちの胸を短刀のかわりに貫くでしょう。」
エリーゼは、道端の祠にこもって、イラクサの服を編み続けます。
通りすがりの王様に見初められ、城に連れて行かれましたが、口もきかず、イラクサを編み続けるエリーゼを、側近の者たちは“魔女ではないか”と疑います。弁解できない彼女を終いには王様までが疑いだし、エリーゼは火あぶりの刑に処させることになります。今にも炎が彼女を飲み込もうとしたその時、遠くの空から11羽の白鳥たちが舞い降り、エリーゼが投げた服を次々に着ると、立派な王子たちの姿が現れます。兄王子たちは、王様の前に進み出て、それまであったことを残らず話しました。王様は彼らの深い愛情と優しさに感動し、エリーゼを花嫁として迎え入れます。
私が針金で服を編もうと思ったきっかけは、幼いころにたくさん読んだ物語の中でも、とくに心に残っていたこの物語の、ヒロインの清く美しい姿に拠ります。
エリーゼの苦難はながく辛いものでしたが、彼女は、自らの犠牲を厭わず、魔法を解くための助言をくれた精霊の言葉を信じ、兄たちを助けたい一心で、傷だらけになりながら服を編み続けます。その姿はまるで修行僧のようです。自身に課された苦痛を乗り越えること。それは自らの心の浄化や、他者の救済にもつながっていくような気がします。決して、これは特別なことではありません。200年ほど前に、この物語に描かれた、人の心の清さや優しさ、そして強さは、現代に生きるわたしたちも、心の何処かに持っているものではないでしょうか。
2018 中田緋